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ブログ 前ちゃんの弁理士とは!

大阪城の東にある商売人の家の出ですわ。
国家上級試験(国家擬錙法⊆かりながら、フルに試験受けて弁理士になった遠回り人生。まあこんなんもおるやろうと。子供の頃から親父に連れられて行った緑橋の鈴屋!  最近は、京橋、鶴橋をプラプラしてますわ。 
 (このブログに個人的に感想を下さる方は、
  dualgratingアットマークyahoo.co.jp まで)
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研開日記6
 Bは、Cとは大学の同じ学部、同じ電気工学科の出身であった。BはCと異なり、電気出身者が普通に就職する会社を選択した。Bは大阪出身であり、大阪近辺の電気会社ということで、関西系の大手電気メーカHに就職した。Hは、元々、筆記具のメーカであったが、今では表示素子、OA機器を中心にした一大電気メーカだ。Bは、その開発部隊が集結した地方都市に住むことになった。そしてBは、メーカHにおける光ディスクの研究開発の中心となる開発センターに配属された。メーカHは、CDという製品が初めて世の中に出荷された時に、その基幹部品である半導体レーザ(レーザダイオード、LD)を担当していた、いわばCDという製品に対して大いなる役割を果たした会社である。CDの規格ホルダであるS社は、LDについては完全にメーカHに依存していた。メーカHでは、LDだけではなく、勿論CDという製品についてもシャアを向上させたいのは当然であり、自社のLD技術、光技術を生かしたCDを作り上げるために、開発センターを擁していた。Bはそのような開発センタに新人のときから配属されたので、Bの仕事はまさしくCDの機能向上を中心とした光ディスク特化の研究開発であったのだ。
 Bはその中で、光磁気グループに配属された。メーカHにおいては、メーカMAのような光ディスク開発途上型企業とは異なり、CDという製品が立上がる以前から将来を見据えた研究開発に着手している。CDが読み取りオンリーなのに対して、書き換え可能を次の開発ターゲットとしているのだ。書き換え可能にするためには、回折限界に絞った光を照射して形成するメディア上のピットの情報、すなわちメディアの物理的または材料的性質を変更しなければならない。その原理に何を採用するか。ここから出発しなければならない。当初はフォトクロミック、相変化なども検討されたが、結局、カー効果を利用した光磁気信号を検出する光磁気ディスク方式を開発ターゲットと採用することとなっていた。当時、光磁気効果は、大阪の某大学の制御工学科において、有力な材料が発見されており、その材料を中心に開発が進められていたのだ。Bは、その光磁気グループの中で、色んな技術を習得していくことになる。

 http://www.youtube.com/watch?v=yuz3DYi6YoA&feature=related
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